大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11247号 判決 1988年6月27日

原告(反訴被告) 高木妙子

右訴訟代理人弁護士 岡田弘隆

被告(反訴原告) 後藤吉央

右訴訟代理人弁護士 内藤義憲

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡せ。

二  被告(反訴原告)の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、全部被告(反訴原告)の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  主文一項の同旨

2  訴訟費用は被告(反訴原告、以下「被告」という。)の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  本訴請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告(反訴被告、以下「原告」という。)の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は、被告に対し、七二〇万円及びこれに対する昭和六一年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

主文二項同旨

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  原告は、昭和三一年八月頃、被告の先代に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃貸して引渡したが、その後、被告の先代が死亡し、被告が右賃借人の地位を相続した。

その後の昭和五六年九月二〇日、原告と被告は、右原被告間の賃貸借契約を、期間は同月二一日から昭和五九年九月二〇日までとし、賃料は一か月七万円(当月分を毎月末日までに支払う)とする約定で更新した(この更新後の賃貸借契約を以下「本件賃貸借契約」という。)。

2  ところが、本件建物は、昭和五九年六月二〇日未明、本件建物に隣接する建物(以下「本件隣接建物」という。)からの失火により、全焼し、左記のような状態となった。

(一) 二階の床ばり、根太は、完全に焼損しているほか、二階床ばりの一部も脱落しかけており、落下寸前の状態となった。

(二) 柱類は、完全に炭化して、柱としての機能は全くない程の状態となった。

(三) 屋根は、完全に消失してしまう程の状態となった。

(四) 右のような状況からして本件建物の修繕は全く不可能で解体除去以外には方法がない。

(五) なお、火災保険会社も全面的焼失、焼焦と認定し、全損と認めている。

右の状況からして、本件建物は、既に滅失したというべきであり、したがって、本件賃貸借契約は、建物の滅失により、昭和五九年六月二〇日をもって終了した。

3  よって、原告は、被告に対し、建物の滅失による本件賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  本訴請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、本件隣接建物からの出火により、本件建物の一部が焼毀したことは認めるが、本件建物が全焼したことは否認し、本件賃貸借契約が終了したとの主張は争う。

三  反訴請求原因

1  被告は、本件建物を原告から賃料一か月七万円で賃借し、本件建物でレコード店を経営していた。

2  本件建物は、昭和五九年六月二〇日未明、原告所有の本件隣接建物からの出火により延焼し、著しく焼毀、破損され、そのため被告は、本件建物内で引続きレコード販売業を営むことが不可能となった。

3  本件隣接建物においては、訴外漆原宣和(以下「訴外漆原」という。)が時計貴金属店を経営していたが、出火場所は、同店舗の南東側天井裏付近であり、出火原因は、同店舗の一階南東側壁体と陳列棚の間を貫通した金属管内の電気配線が経年劣化し、さらに重力等により右配線が緩み、柱等の角に接触していたため配線の被覆が損傷して芯線が露出し、その一部が金属管に接触したため、短絡して被覆に着火し燃え上がったことによるものである。

4  原告の責任

(一) 債務不履行責任

賃貸借契約においては、賃貸人は、賃貸借物件を賃借人に使用収益させる債務を負担しており、賃貸人の責に帰すべき事由により契約の趣旨に反し、使用を不能ないし困難にしたときには賃借人に対してその損害を賠償すべき責任を負うべきであるところ、本件隣接建物の出火は前記3のとおり、電気配線の瑕疵に基づくものであり、これは原告の建物管理上の不注意によるというべきであるから、原告の責に帰すべき事由により賃借物件を使用不能の状態に至らしめたものとして、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償責任を負うべきである。

(二) 土地工作物責任(民法七一七条一項)

(1) 前記3のとおり、本件隣接建物の出火原因は、同建物の屋内電気配線の老朽化が放置されていたことによるものであるが、右配線は、その位置(天井裏付近)からして、建物所有者がその責任において施工したと思われるものであり、その配線設備部分が建物と一体不可分の関係にあるから、民法七一七条一項にいう土地の工作物に当たるというべきである。そして、前記のとおり、右土地の工作物の設置保存の瑕疵によって本件火災が発生したものであり、原告は右建物の所有者であるから、土地工作物の所有者として、右出火により被告が被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。

(2) 仮に、土地工作物責任に失火責任法の適用があるとしても、右屋内配線の老朽化を放置した点に建物の設置保存上の重過失があったというべきであるから、原告は、土地工作物責任を負い、被告が被った損害を賠償すべき義務がある。

5  被告の損害

被告は、本件建物におけるレコード販売業により、一か月少なくとも三〇万円の純収益を得ていたが、本件建物の焼失により、昭和五九年六月二〇日から同六一年六月一九日までの間、七二〇万円の得べかりし利益を喪失した。

6  よって、被告は、原告に対し、債務不履行ないし土地工作物責任に基づく損害賠償請求権に基づき、右損害金七二〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和六一年七月一日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  反訴請求原因に対する認否

1  反訴請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4(一)  同4(一)のうち、本件隣接建物の出火が原告の建物管理上の不注意によるとの事実は否認し、原告が債務不履行による損害賠償責任を負うとの主張は争う。

本件隣接建物の出火原因は、松村時計宝飾店の陳列棚への電気配線についての管理不備によるのであり、これは同建物の使用者である訴外漆原の責任であって、原告には何ら債務不履行の帰責性がない。

(二) 同4(二)の、原告が土地工作物責任を負うとの主張は争う。

前項と同じ理由により、原告には本件火災発生につき、何ら重過失がない。

5  同5の事実は不知。

第三証拠《省略》

理由

一  本訴請求について

1  請求原因1(本件賃貸借契約の成立)の事実は当事者間に争いがない。

2  同2(出火状況及びこれによる焼毀の程度)の事実のうち、本件隣接建物からの出火により本件建物が焼毀したことは当事者間に争いがなく、右争いがない事実に、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

本件建物と本件隣接建物とは、昭和三七年八月三〇日建築登記した棟割(二軒)長屋の構造を有する防火造木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建家屋であり、本件隣接建物では訴外漆原が松村時計宝飾店を、また本件建物では被告がレコード店をそれぞれ経営していたところ、昭和五九年六月二〇日午前一時頃、本件隣接建物の一階南東側天井裏付近から火災が発生し、本件隣接建物及び本件建物は全体的に焼毀した。

そして、右火災の結果、本件建物は、屋根の小屋組(屋根面を構成する骨組)と屋根葺材が完全に消失し、二階床は落下してないものの二階床板、根太は完全に焼毀しており、南側と北側では、根太の一部が二階床板とともに焼けて落ち、柱類は、そのほとんどが広汎に亙って炭化し焼け細っていて柱としての機能は全くない状況であり、火災前の本件建物及び本件隣接建物の建築材は、壁軸組各部材の約九〇パーセント、屋根小屋組部材の全て、二階床組部材の約九〇パーセントが再使用不可能の状態に焼損し、解体除却する以外にない状況にあり、本件建物の修復は物理的に不可能な状態となるに至った。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件建物は、本件火災により、全体としてその効用を喪失し、滅失したものと認めるのが相当である。

3  そうすると、本件賃貸借契約は、本件建物の滅失により終了したものと判断するのが相当であるから、原告は、被告に対して、賃貸借終了により本件建物の明渡を求めることができるというべきである。

二  反訴請求について

1  反訴請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告の責任の存否について検討する。

(一)  債務不履行責任について

前項の争いのない事実によれば、本件建物は、本件隣接建物から出火した火災により焼損し、被告が事実上右建物を使用できない状態となったと認められるから、本件賃貸借契約は、履行不能となったというべきである。

しかし、《証拠省略》によれば、本件隣接建物は、訴外漆原が、原告から賃借して一階を自己の経営する松村時計宝飾店の店舗とし、二階を店番の宿泊所等に使用していたものであって、同建物の造作及びその他の附帯設備は賃借人側において施工しており、電気配線についても、訴外漆原らが昭和五二年一〇月に、右店舗の大改修に伴う陳列棚照明電気配線の付替え工事をなし、昭和五八年六月八日に、右店舗の配電盤の取替、改修工事をし、また昭和五九年四月九日に実施された上野消防署による防火対象物に対する立入検査の際には、同訴外人がその管理者として立会っていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、本件隣接建物の電気配線は、同建物の賃借人である訴外漆原が設置し専らこれを管理していたもので、右配線管理の不備による出火につき、原告には何ら帰責性がないというべきであるから、被告の債務不履行による損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(二)  土地工作物責任について

前記争いのない反訴請求原因3(本件出火の状況等)の事実に、《証拠省略》を併せれば、本件出火の原因となった電気配線は、松村時計宝飾店の陳列棚と同店の南東側の壁の間を貫通していた直径約一・四センチメートルの金属管内を走っていた三本の電気配線のうちの一本であって、右電気配線は店舗内の陳列棚照明用として賃借人である訴外漆原らによって設置され管理されていたものであることが認められるが、このような屋内電気配線は、それ自体、土地に接着して人工的作為を加えられたものとはいえないうえ、建物との間においても機能的、構造的に必ずしも一体化したものとは言い難く、その物自体の危険性も殆どないものであるから、民法七一七条一項にいう土地工作物には該当しないといわざるを得ず、また、前記(一)に認定した事実によれば右電気配線を事実上支配し、その瑕疵を修補しえて、損害の発生を防止しうる者は専ら占有者たる訴外漆原というべきであるから、本件隣接建物の出火について原告に重大な過失があったと認めることはできない。

したがって、被告の土地工作物責任による損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから、これを正当として認容し、被告の反訴請求はいずれも理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 阿部則之 芦澤政治 裁判長裁判官塩﨑勤は崎補のため、署名押印することができない。裁判官 阿部則之)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例